「瀑布」Netflixで独占配信中

「瀑布」Netflixで独占配信中

2022.3.13

オンラインの森:「瀑布」 危機に揺らめく母娘の再生、繊細に

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

高橋諭治

高橋諭治

コロナ禍の現実を取り込み、台湾の金馬奨4部門を受賞

 
長びく新型コロナウイルス禍の閉塞(へいそく)した現実を取り込んだ映画を見たいと思うかどうかは、人それぞれだろう。映画に非日常的な楽しさや解放感を求める人は、劇中の登場人物がマスクを着けている姿など見たくないかもしれない。
 
しかし台湾のチョン・モンホン監督が手がけた「瀑布」(2021年)は、このコラムをクリックしてくれたすべての読者に熱烈に推薦したい。台湾のアカデミー賞と呼ばれる金馬奨で作品賞、主演女優賞、脚本賞、オリジナル音楽賞の4部門を受賞。第94回米アカデミー賞の台湾代表にも選出されたひと組の母娘の物語である。
 


叙述トリック、隠喩をちりばめたスリリングな映像世界

 
映画はパンデミック初期の20年3月から始まる。外資系企業のキャリアウーマン、ピンウェン(アリッサ・チア)は、大学受験を控えた高校生の娘シャオジン(ワン・ジン)と台北のマンションで2人暮らし。ある日、クラスメートのコロナ感染によってシャオジンが濃厚接触者に認定され、ピンウェンも会社から自宅待機を命じられる。母娘はマンションでの隔離生活を余儀なくされるが、難しい年ごろのシャオジンは事あるごとに母親に反発。そしてある夜、シャオジンが行方不明になったことに動揺したピンウェンは、嵐が吹き荒れる街に飛び出して娘を捜すのだが……。
 
おそらく、この導入部を見た者は「苦労の絶えないシングルマザーと、反抗期の娘が織りなす親子の葛藤のドラマ」と受け止めるだろう。ところが、そうではない。とげとげしい娘に手を焼き、苦悩を深めるピンウェンの姿を映像化したこのシークエンスには、母親のゆがんだ主観、すなわち妄想が入り交じっており、客観的な現実はまったく異なっていることが判明する。アンソニー・ホプキンスが認知症を患う主人公を演じてアカデミー賞主演男優賞を受賞した近作「ファーザー」(20年)を彷彿(ほうふつ)とさせる叙述トリックが仕組まれているのだ。
 
その後はシャオジンが精神疾患と診断された母親をけなげに世話しながら、住宅ローンや管理費の未納問題などの厳しい現実に直面していく姿を描出。チョン監督はコロナ禍をあえて背景にとどめ、マンション全体にかぶせられた工事用のブルーシートを、日常生活の土台が揺らいだ母子の孤立感のメタファーとして表現。室内を覆う〝青い影〟は、ピンウェンの憂鬱な内面を象徴しているかのようだ。そんな繊細にしてスリリングな演出のセンスに驚きを禁じえない。
 


卓越した語り口が表す「未来は誰にもわからない」という主題

 
突然の厄災に見舞われた母娘の境遇は実に痛ましいが、それでも緩やかに時は流れ、いまいましいブルーシートが取り払われる日がやってくる。台北の街並みや公園を捉えたショットには、詩的な美しい光がきらめく。母娘がめぐり合う精神科病棟の女性患者、スーパーマーケットの店長らのキャラクター描写にもひねりが利いていて、随所にちりばめられたユーモアに頰が緩む瞬間もある。
 
とりわけ後半、うつろな面持ちでリビングルームのソファに座り込んだピンウェンが「テレビの後ろにヘビがいるわ」と突然言い出し、消防隊が駆けつけてくるエピソードの顚末(てんまつ)にはぼうぜんとせずにいられない。こうした一寸先の出来事さえ予想できない語り口そのものが、劇中セリフに盛り込まれた「未来なんて誰にもわからない」という本作のテーマを表しているかのよう。ちなみに「瀑布」という題名は、ピンウェンがずっと悩まされてきたと娘に打ち明ける、ある〝音〟を反映したものだ。
 
かくして、悲しみのどん底に突き落とされた母娘の再生への道のりを紡ぎ上げた本作は、誰もが〝心温まる結末〟に行き着くと予感するだろう。そこにも、あっと驚く急展開が待ち受けている。やはり未来なんて、誰にもわからない。同時にこの映画は、シャオジンが着用している長袖Tシャツの胸のロゴにもうひとつのメッセージを添えている。「Don‘t Sweat It」、すなわち「大丈夫だよ」「気にしないで」。魔法めいた手品を見せられたようで、人生というものの深い本質に触れたような感覚にも胸打たれる希有(けう)な映画体験、ぜひお試しあれ。

Netflixで独占配信中。

ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。
 

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