「ダンス・ブラザーズ」より Hayley Lé / Netflix

「ダンス・ブラザーズ」より Hayley Lé / Netflix

2023.5.22

ダンサーを目指す兄弟の姿を描く、日系フィンランド人監督作の青春ドラマ「ダンス・ブラザーズ」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

ひとしねま

須永貴子

フィンランド初のNetflixシリーズ「ダンス・ブラザーズ」が、5月10日より配信中である。首都ヘルシンキを舞台に、ダンサーの兄弟が夢をかなえるために奮闘する、全10話の青春ドラマだ。
 
ダンス映画はミュージカル大作からストリートのダンスバトル系までタイプはいろいろあるが、個人的なツボは、「コヨーテ・アグリー」「ダンシング・ハバナ」「ダンス・レボリューション」「ステップアップ」、「マジック・マイク」シリーズなど。これらのタイトルにピンとた人には、「ダンス・ブラザーズ」は高確率でフィットするはずだ。
 

幼い頃から一緒に踊ってきた兄弟を起点に人間ドラマも展開

 本作の主人公は、幼い頃から一緒に踊ってきた、ロニとサカリ(通称サッケ)のルオト兄弟。ロンドン留学を終えて故郷のヘルシンキに戻り、プロのダンサーとして生計を立てようとするものの、ダンサーとしての仕事は少なく、劇団やダンスカンパニーの門戸は狭い。自分たちのダンスグループ「ドラスティック」を立ち上げようにも、活動資金がない。
 
現実の厳しさの前に八方塞がりの彼らは、ひょんなことから郊外の廃倉庫を改装し、クラブ「ランドリー」を経営することになる。ルオト兄弟の目標はプロのダンサーとして、商業主義に染まらず、妥協を一切せずに、自分たちのダンスを純度高く表現すること。クラブ経営はあくまでもそのための手段に過ぎない。
 
とはいえ兄弟にも温度差はある。振り付けを担当する兄のロニは、アーティスト志向が強く、ストイック。性格は気難しく、エゴが強く、ビッグマウスで波風を立たせてばかりだ。弟のサカリは、ダンスで人を魅了する才能に恵まれたエンターテイナー。優しい性格だが臆病で、どちらかといえば快楽主義者といえる。
 
理想主義で支配的な兄に弟が追従する関係性だが、兄弟として、運命共同体として、お互いを深く理解し、支え合っている。ところが、さまざまなトラブルや試練に見舞われる中で、いさかいが増えていってしまう。
 
彼らのいさかいのきっかけを作るヒール的キャラクターが、クラブミュージック界の大物歌手アンジェロだ。彼はルオト兄弟、特にロニが毛嫌いする、大衆に迎合した商業主義を象徴する存在として描かれる。
 
商業的には大成功したが、時代の波に乗り遅れることを怖れていたアンジェロは、ルオト兄弟に価値を見いだし、利用しようとする。ややこしいのは、サカリが恋するカロが、アンジェロのバックダンサーでありミューズであること。4人の立場や感情が複雑に絡み合う、スリリングな人間ドラマも展開する。
 

兄弟の個性が際立つダンスシーンも魅力

 ルックスからしてタイプの違うルオト兄弟のダンスも大きな魅力。第1話の幕開けは、エントリーしていないオーディションに乗り込んだ兄弟が踊る、ロニの振り付けによる独創的でダイナミックなユニゾンダンス。クラブの開業準備をするシーンでも、作業風景に彼らの息の合ったダンスが生かされている(「踊ってないで働けや」と、思わずツッコミはしたけれど)。SNSで拡散された2人のダンスバトルは、ロニが氷でサカリが炎と形容され、それぞれの個性が際立つ動画になっている。
 
また、2人の間に溝ができたとき、ロニがスーパーマーケットの通路で踊る映像と、サカリが「ランドリー」のトイレで踊る映像が交互に映し出される編集も印象的だ。1話20分という尺の中でのダンスシーンは、エピソードごとに趣向も意味合いも異なり、必要なダンスのみが映し出される。なんならダンスシーンがジャンプカットで省略されるという大胆な編集も。ダンサーのドラマだからこそ、ダンスを効果的に見せる工夫があれこれとなされているのだ。
 
長きにわたり、日本におけるフィンランド映画の代名詞はアキ・カウリスマキ監督だったが、今年だけでもコンパートメントNo.6や、アカデミー賞国際長編映画賞フィンランド代表に選ばれたガール・ピクチャーなど、新しい才能が紹介されている。本作もそれらに続く、過去のフィンランド映画のイメージを覆す、躍動感と野心があふれる青春ドラマ
 
クラブ周りだけでなく、ルオト兄弟の母親が経営するコインランドリーや、じゅうたん店を営むペルシャ系移民の富豪夫妻、夏の公園でビールを飲みながら踊る至福の光景、アフリカにルーツを持つカロの思い出が詰まったDVDなど、いくつもの人生を感じさせる映像に酔いしれた。
 
ドラッグでトリップするシーンで使うアニメーションや、ロニとサカリの焦燥や不安、後悔などを、(睡眠中の)夢で表現する手法も効いている。衣装やヘアスタイルもあてがわれたものではなく、各キャラクターが自分で選んでいると思わせる多様性とリアリティがある。
 

カワタ タイト監督の経験も投影、本作でビジネスとアートの問題への見解を表す

 監督は、日系フィンランド人で、ヘルシンキを拠点に活動している川田泰斗(カワタ タイト)。本作の製作に入っているYLE(フィンランドのテレビ局)のウェブサイトにあるインタビューによると、このドラマには彼が人生で経験したこと描かれているという。
 
例えば、キャリアをスタートした頃の「異常なまでの自己顕示欲」が投影されているのは、ロニだろう。若いアーティストは、SNSなどを駆使して自分に価値を付けて売り込まないと、チャンスがつかめない状況も描かれている。兄弟を金銭面で援助してくれる人が出現した場合も、そこにはシビアな金勘定が存在するし、仲間たちも兄弟の夢よりも自分の人生をあっさり優先する。
 
安易なラッキーパンチで物語を動かさない川田監督は、クリエティブに対して非常に誠実だ。そしてラストでは、ロニがある決断をする。それがすなわち、ビジネスとアートの問題に対する、川田監督のステトメントだと受け止めた。
 
「ダンス・ブラザーズ」はNetflixにて独占配信中

ライター
ひとしねま

須永貴子

すなが・たかこ ライター。映画やドラマ、TVバラエティーをメインの領域に、インタビューや作品レビューを執筆。仕事以外で好きなものは、食、酒、旅、犬。

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