「財閥家の末息子~Reborn Rich~」より © Chaebol Corp. all rights reserved

「財閥家の末息子~Reborn Rich~」より © Chaebol Corp. all rights reserved

2024.7.01

サムスングループがモデル。史実を交え、転生した男の復讐を描くソン・ジュンギ主演ドラマ「財閥家の末息子~Reborn Rich~」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

大野友嘉子

大野友嘉子

こんなにも魅力的な財閥1世を演じた俳優がいただろうか。U-NEXTで配信が始まった「財閥家の末息子~Reborn Rich~」(2022年)のイ・ソンミンのことである。財閥スニャンの創業者チン・ヤンチョル会長の円熟期から最期までを演じた。
 

切り捨てられ殺され、転生した男の復讐劇

あらすじはこうだ。ソン・ジュンギが演じるユン・ヒョンウは、国内一の財閥グループ「スニャン」の未来資産管理チーム長。肩書からは想像できないが、実際は経営者のチン一族の尻ぬぐい係だ。しかし、学歴もコネもなく、長らく失業したままの父親と弟を養うため、スニャンに忠誠を誓うしかなかった。
 
ヒョンウはグループの隠し資産を回収するために海外行きを命じられる。しかし渡航先で突然、スニャンの誰かによって拉致され、銃殺される。目を覚ますと、1987年の韓国にいた。ヤンチョルの孫チン・ドジュンの姿になって。
 
電子と半導体を中核事業とするスニャンは、この時すでに国内一の財閥グループ。ヤンチョルの元で、華麗なる一族が跡目争いを繰り広げていた。父親に頭が上がらないパッとしない2世たち、そんな親を軽蔑する不気味な3世らだ。
 
ドジュンの父親はヤンチョルが愛人に産ませた末息子。兄が1人いるドジュンは、文字通り一族の〝末っ子〟だった。
 
ドジュンに転生したヒョンウは、汚い仕事でもなんでも引き受けていた自分を裏切り、殺したスニャン一族への復讐(ふくしゅう)を誓う。
 
時代は、軍事政権が幕を閉じ、民主化の夜明け。激動を乗り越えるべく思案するヤンチョルに、歴史を知るドジュンは、あるアドバイスをする。ドジュンの見立ては見事に的中し、ヤンチョルの信頼と尊敬を得る。これまで一族の誰からも見向きもされなかった愛人の子の末っ子ががぜん、存在感を示す。
 

サムスン創業者のエピソードが全編にちりばめられる

お気づきの人もいるだろう。スニャンのモデルはサムスンだ。そして、ヤンチョルはサムスンの創業者イ・ビョンチョル。精米所からスタートしたことや、自動車分野では失敗続きで、ライバルのヒョンデ(現代)に勝てなかったことなど、イ・ビョンチョルの自伝と重なるエピソードが全編にわたってちりばめられている。
 
民主化後の韓国とサムスンの歩みが本作のバックボーンだ。映画「タイタニック」(97年)に投資するために訪れた米ニューヨークでのフィルムマーケット。ここで歌手志望のドジュンの兄ヒョンジュンが放つセリフが感慨深い。
 
「夢のまた夢だろうね。いつか韓国映画がハリウッド映画を相手にアカデミー賞で作品賞を……。SF漫画のようで考えただけで胸が熱くなる」「韓国人歌手がビルボードで1位になると? サッカーW杯でベスト4入りするくらい難しい」
 
21世紀を知るドジュンは、未来を的確に予測する兄を驚いた顔で見つめる。ドジュンの表情の意味をヒョンジュンは正反対にとらえ、「分かってるよ。夢くらい見させろ。夢はいつかかなう」とおどける。
 
まだ経済協力開発機構(OECD)への仲間入りも果たしていなかった韓国。アジアの小さな半島のポップカルチャーが世界を席巻する日が来るなんて、当時は想像できなかったのだろう。
 
他にもアマゾンの台頭、2000年問題、ITバブル、米同時多発テロなど重要な出来事が次々と出てくる。未来から来たドジュンは、記憶を手繰り寄せ、史実を〝先読み〟してうまく立ち回る。
 

創業者役を演じたイ・ソンミンの魅力がスパーク

しかし、この物語の主人公はドジュンではなく、ヤンチョルだと思う。ヤンチョルを演じるイ・ソンミンの魅力に尽きるドラマだ。
 
一代で巨大財閥を築いたヤンチョルは、政治家に圧力をかけ、検察とつるみ、時には相場操縦や裏金づくりに手を染めて巨大財閥を作り上げた。彼の動向一つで、人々の生活は左右された。ヤンチョルとスニャンは、この時代の韓国の庶民の生殺与奪権を握る存在だった。

ヒョンウの両親は、スニャンに翻弄(ほんろう)された被害者たちの氷山の一角だ。ヒョンウだった前世では、アジア通貨危機で父親の会社が倒産。スニャンが買収するが、全社員の雇用が維持されず職を失う。母親はショックで心臓発作を起こして亡くなる。

生まれ変わった世界では、運命を変えようとするドジュンの働きかけで、父親の会社の雇用維持が約束される。しかし、母親は自殺してしまう。生活苦から抜け出そうと、スニャンのグループ会社に投資したが、投資先が倒産したことを苦にしてのことだった。ドジュンは、倒産がスニャングループによる計画的なもので、不当に株価をり上げていたことを突き止める。
 
ドジュンにとって、ヤンチョルは親のかたきだ。現世では直接、前世では間接的に両親を苦しめた。生まれ変わった当初は、前世で自分を殺した人間を標的にしようとしたが、怒りの矛先はヤンチョルにも向くようになる。
 
ここまではよくある復讐劇だろう。しかし、このドラマの肝は、ドジュンがヤンチョルを憎み、反目しながらも、ひそかに憧れ、同情し、最後は哀れむところにある。自分の親を追い詰めた張本人だと知りながら、病で死を前にしたヤンチョルを喜ばせるために奔走する。
 
ドジュンはなぜヤンチョルのためにそこまでするのか。最後まで言葉による明確な説明はない。だが、その必要もない。なぜなら、ドジュンにそうさせるだけの魅力がヤンチョルにあるからだ。
 
韓国一のグループ会社の会長でありながら、唯一の〝失敗〟である車づくりの夢を持ち続けたり、裏切りは許さないと公言しつつドジュンや息子たちの背信行為を大目にみたりする。そして、後継者選びに頭を抱える中で、家族でただ一人面と向かって自分に反抗するドジュンが、自分に最も似ていると認めた時。「そんなはずはない」と否定したい気持ちと、「やっと戦友を見つけた」と言わんばかりの興奮が入り交じった表情をする。
 
圧倒的なカリスマ性の中に見え隠れする繊細さ。子や孫に対するよりも自分に最も厳しいのは、裸一貫で出発した、正真正銘のたたき上げならではのことだろう。
 
イ・ソンミンは、そんな豪胆で謙虚な創業者の心の機微を余すところなく演じた。ドジュンの行動に違和感を抱くことなくストーリーを追えたのは、私たちもヤンチョルに魅了されるからだ。
 

財閥1世に光を当てて深掘り、韓国の現代史をも見せる

財閥モノのドラマは星の数ほどある。その多くに1世が登場するが、主役はあくまで御曹司・令嬢たち。1世はバイプレーヤーであることがほとんどで、その生き様を伝えるものは少ないように感じる。
 
最近のドラマだと「涙の女王」、少し前なら「mine」や「愛の不時着」あたりだろうか。どの創業者たちも、家庭に無責任で世間に対して傲慢という点で一致しているが、それ以外の点ではほとんど個性がない。「マイ・デーモン」のキム・ヘスク演じるチュ会長は、確かに人間味のある人物として描かれたが、彼女の半生を知り得るほど深く描写されていたとまでは言い難い。
 
それだけに、史実を交え、実在する財閥グループをモデルにし、日本統治時代と朝鮮戦争を経験し、軍事政権から民主化へ移行する激動の時代をかけ抜けた、酸いも甘いもかみ分けた1世に光を当てた本作の功績は大きい。彼らが韓国の現代史で果たした役割、今日まで続く影響力の大きさは計り知れず、知るべきことは多い。これまで能面のように描かれてきた1世に、本作は人格を与えた。
 
イ・ソンミンはヤンチョル役で23年の百想芸術大賞の男性最優秀演技賞(テレビ部門)に輝いた。当然の結果だろう。
 
最後に、ヤンチョルを嫌いになれないドジュンの胸の内を、多くを語らずに表現したソン・ジュンギにも大きな拍手を送りたい。
 
「財閥家の末息子」はU-NEXTで配信中

ライター
大野友嘉子

大野友嘉子

おおの・ゆかこ 毎日新聞くらし科学環境部記者。2009年に入社し、津支局や中部報道センターなどを経て現職。へそ曲がりな性格だと言われるが、「愛の不時着」とBTSにハマる。尊敬する人は太田光とキング牧師。ツイッター(@yukako_ohno)でたまにつぶやいている。
 

新着記事