「アイ・アム・セリーヌ・ディオン ~病との闘いの中で~」より Courtesy of Amazon MGM Studios © Amazon Content Services LLC

「アイ・アム・セリーヌ・ディオン ~病との闘いの中で~」より Courtesy of Amazon MGM Studios © Amazon Content Services LLC

2024.7.03

世界の歌姫セリーヌ・ディオン。難病に立ち向かう不屈の精神を映し出した「アイ・アム・セリーヌ・ディオン ~病との闘いの中で~」

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

ヨダセア

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アマゾン・プライム・ビデオにて、6月25日(火)よりドキュメンタリー映画「アイ・アム セリーヌ・ディオン 〜病との闘いの中で〜」が配信されている。今作は「タイタニック」(1997年)の主題歌「My Heart Will Go On」などを歌い、世界的なスターとして名をはせ、日本のドラマ「恋人よ」の主題歌「To Love You More」などにより日本でも高い人気を誇る歌姫セリーヌ・ディオンの「スティッフパーソン症候群」との闘病生活を映し出したドキュメンタリー作品である。
 


100万人に1、2人しかかからない難病を発症したディオン

スティッフパーソン症候群は作中でも「100万人に1、2人しかかからない」と語られるまれな病で、進行性の神経性疾患・自己免疫疾患である。神経系統の不調により筋肉の弛緩(しかん)がうまく行えず、時に身体が硬直したり痙攣(けいれん)したりしてしまう難病であるため、セリーヌ・ディオンのような歌で活躍する人物にとって、この病の発症は大打撃であった。2022年にディオンはビデオメッセージを通じてこの病の発症を世界に向けて告白、翌年予定されていたツアーをキャンセルしている。
 
本作は、診断後のディオンの闘病生活に密着し、彼女のありのままの姿や本音を映し出すとともに、過去のアーカイブ映像も挟むことによって彼女のこれまでの活躍や経歴を振り返る構成となっている。病気への思いだけでなく、クリーンな歌声を保つために水しか飲まない生活をしている彼女が、飲酒も喫煙も満喫しながらしゃがれ声で群衆を盛り上げるロックスターへのひそかな憧れを語るなど、大スターの赤裸々な本音・人柄に触れることができる一作だ。
 
彼女の生い立ちや経歴にはじまり、不調に気づいてからの行動や感情の動き、そしてファンへ病気を告白する覚悟に至るまでを丁寧につむぐ作品であるため、発表当時ただでさえ感傷的にさせられた(闘病告白の)ビデオメッセージを作中で改めて見せられると、さらに胸を締めつけられた。
 
頻繁に挟まる過去映像にはディオン本来のパワフルで美しい歌声を味わわせる役割があるだけでなく、従来の歌声・パフォーマンスが実現できない現状とのギャップを強調する側面も非常に強い。過去のディオンが輝けば輝くほど、現在のディオンの悲しみやいら立ちに強く共感させられるのだ。
 

闘病を通して分かる、ディオンの「歌への愛」、そして信念の強さ

このドキュメンタリーではディオンの言葉ひとつひとつから、彼女の強い責任感や、一切手を抜かない完璧主義者的な側面も垣間見ることができる。ファンの前で歌うことを愛するだけでなく、自分を求めるファンの期待に応えなければならないという責任を強く感じている彼女が「(今の)こんな歌声を聞かせるなんて…」と苦悶(くもん)の表情を浮かべて涙する様子は見ていて非常に痛々しい。
 
「努力するのは難しい問題じゃない」と語るタフネスの持ち主で、妥協せずに今できることを最大限かつ完璧にこなそうとするディオン。そういった人物だからこそ、何度やり直しても物理的に限界があるという状況があまりに残酷にのしかかる。
 
最もショッキングなのは、ディオンが痙攣を起こして全身が硬直していく場面だ。焦る医師が、映画撮影中のカメラを止めるかと尋ねるが、彼女は撮影継続を選ぶ。うめき声を上げることしかできない彼女の苦痛と、極限状態においても自身の現状を世界に伝えようとする彼女の強い意志を同時に目の当たりにさせられる一連の映像には言葉を失った。
 
しかし、今作は〝悲劇〟を描く作品ではない。難病を患ってなお人々を鼓舞するほどのエネルギーを感じさせる、ディオンの〝信念〟と〝愛〟を映し出す作品だ。満足のいくパフォーマンスができない自分を嘆き、いら立つディオンだが、その嘆き・いら立ちは「あの頃はよかった」「もうできない」と過去を振り返っての感情ではない。
 
「いつ歌えるようになるのか」「まだできない」という、まだ見ぬ未来のパフォーマンスを見据えた嘆き・いら立ちなのだ。その原動力は、あまりに実直な〝歌への愛〟。この愛あってこそ、大スターは誕生したと実感させられる発言・行動が多々見られた。
 
終盤、カーテンに遮られた太陽が映る。まさにディオンの今の心身の状態を映すかのようだ。今はまだ完全には差していない光。しかしカーテンに遮られても光を見つめ続け、「止まらない」と自身を鼓舞する彼女の姿に、我々は気づけば応援するどころか元気づけられてしまう。セリーヌ・ディオンという〝不屈のスーパースター〟の力強さと信念を世界に届ける作であった。
 
「アイ・アム・セリーヌ・ディオン ~病との闘いの中で~」はPrime Videoで独占配信中

ライター
ヨダセア

ヨダセア

フリーライター。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(X・Instagram)やYouTubeチャンネル「見て聞く映画マガジンアルテミシネマ」においても映画や海外ドラマに関する情報・考察・レビューを発信している。