「侍タイムスリッパー」の(左から)山口馬木也、沙倉ゆうの、安田淳一監督、冨家マサノリ

「侍タイムスリッパー」の(左から)山口馬木也、沙倉ゆうの、安田淳一監督、冨家マサノリ勝田友巳撮影

2024.9.05

第2の「カメ止め」⁉ 映画館に拍手の嵐「侍タイムスリッパー」の高品質と高熱量

分かりやすく誰もが楽しめるわけではないけれど、キラリと光る、心に刺さる作品は、小さな規模の映画にあったりする。志を持った作り手や上映する映画館がなかったら、映画の多様性は失われてしまうだろう。コロナ禍で特に深刻な影響を受けたのが、そんな映画の担い手たちだ。ひとシネマは、インディペンデントの心意気を持った、個性ある作品と映画館を応援します。がんばれ、インディースピリット!

勝田友巳

勝田友巳

自主製作の時代劇「侍タイムスリッパー」が、熱い。8月17日、東京・池袋のシネマ・ロサ1館だけで上映が始まると、卓抜なアイデアと時代劇に向けられた愛情、自主製作とは思えない完成度の高さが話題となり、SNSで推し口コミが広がっている。映画作りの舞台裏を熱く描いていること、シネマ・ロサでの単館上映スタートと、社会現象となった「カメラを止めるな!」との共通点もあり、「さむタイ」をここから世界へ!と盛り上がっているのだ。


幕末の会津藩士が現代の京都撮影所へ

「侍タイムスリッパー」の物語は、幕末の京都から始まる。長州藩士、山形彦九郎暗殺の密命を受けた会津藩の高坂新左衛門は、彦九郎との斬り合いのさなか、雷に打たれて気を失う。目が覚めるとそこは、現代の京都にある撮影所の時代劇ドラマ撮影現場。やがて140年後にタイムスリップしたと悟った新左衛門は、撮影所の斬られ役として殺陣師に弟子入りを申し込む。「ホンモノの武士のよう」と重宝されるうちに、引退した時代劇スター、風見恭一郎から「復帰作の相手役に」と指名された。その風見こそ新左衛門の宿敵彦九郎で、数十年前にタイムスリップし、大スターとなっていたのだった。

21世紀にやってきた江戸時代人、新左衛門の勘違いとドタバタが笑いとなるのは、タイムスリップもののお約束。そこに廃れゆく時代劇へのラブコールとオマージュを込め、裏方である斬られ役への尊敬を全編にあふれさせる。一方で、新左衛門は風見=彦九郎を相手に、会津藩滅亡のかたきと敵意を燃やし、共演映画のクライマックス、大立ち回りの撮影で、本身の刀での斬り合いを持ちかける。コメディー調の前半から、終盤に一転、本格時代劇の緊迫感あるアクションへと突入する意外性も本作の魅力。シネマ・ロサの矢川亮支配人は「客席の雰囲気が、ラスト30分でガラッと変わるのが分かる」と話す。終幕も鮮やかで、客席から拍手が起きるという。


「侍タイムスリッパー」©2024未来映画社

「脚本面白い」東映京撮が全面協力

この映画、脚本、撮影、編集も兼ねた安田淳一監督が自ら資金調達した自主製作。大学生時代から、結婚式やイベントなどの映像制作を手がけてきたが、依頼先の要望に期待以上に応えて喜ばせるだけなく、自分の好きなものを撮ってみたいと自主映画を作り始めた。これまで「拳銃と目玉焼」(2014年)、「ごはん」(17年)と2本の長編映画を製作、劇場公開し、もっと多くの観客に届けたいと策を練ったのが「侍タイムスリッパー」だ。

宝くじのCMで役所広司が演じるタイムスリップした侍を見て、〝斬られ役〟福本清三だったらと連想し、「撮影所にタイムスリップした侍が、斬られ役になる」というアイデアを思いつく。プロットを一気に書き上げ、脚本は自分でも「面白いものができた」と思ったものの、問題は製作費だった。時代劇はお金がかかる。衣装やカツラ、持ち物、セットなど、自主製作映画では及ばぬ部分も多く、無理に作れば安っぽくなって台無しだ。半分は現代劇とはいえ、撮影現場を撮影するとなると出演者も大人数になる。方々に声をかけ資金集めをしていたところ、旧知の東映撮影所のプロデューサーから「会いたい」と呼び出された。

通された小さな会議室にはプロデューサーのほか、美術、結髪、装身具など撮影所の時代劇スタッフが顔を並べている。彼らは「自主製作で時代劇を撮りたいという人がいたら、全力で止め。人生を棒に振ることになるから」といった後「でも」と続けた。「この脚本は面白い。なんとかしたいと集まった」。撮影所のセットを格安で提供し、時代劇のスタッフも結集。撮影所で活躍する殺陣師の集まり「東映剣会」も参加して、本格時代劇の座組が整った。


福本清三へのオマージュも

俳優陣は、安田監督が見てきたテレビや映画でほれ込んだ巧者を集めた。新左衛門役の山口馬木也は多くの時代劇に出演してきたベテランで、これが初主演。風見役の冨家ノリマサも安定感の実力者、撮影所の斬られ役を演じた安藤彰則は、実際に斬られ役の経験もあるという。敬愛していた〝名斬られ役〟福本清三は21年に死去して、出演はかなわなかったものの、「一生懸命やっていれば、だれかが見ていてくれる」という劇中のセリフや、斬られ役の倒れ方など随所にオマージュをささげ、献辞も掲げた。
 
撮影は22年7月から12月、撮影所や周辺のロケ地で断続的に行った。時代劇の本職のプロの助けを借りつつ、安田監督は「できるところはなるべく自力で」と、映像制作で培ってきた経験や技術をつぎこんだ。スタッフは最小限の編成とし、カメラなどの機材も自前。自身は脚本、監督だけでなく、撮影、時に照明も兼務。人手を節約するため、ピントマンが必要なプロの現場用のマニュアルレンズではなく、家庭用のオートフォーカスレンズで代用した。編集、CG(コンピューターグラフィックス)処理も自ら手がけ、ポスターデザインも自家製。安田監督作品の常連、沙倉ゆうのは助監督役で出演しただけでなく、出番がないときは実際の助監督や小道具として現場を手伝った。


米も作れば映画も撮る

安田監督は時代劇への愛着と、廃れつつある現状への哀惜の念を込めた。そして「自分がいいと思う画(え)を見せるより、お客さんを喜ばせるものを撮るのがプロ」と娯楽に徹する。「カメラを止めるな!」の成功に刺激を受けたといい、「〝100年に1度の奇跡〟をもう一度」と張り切っている。同じ劇場での上映開始、初速の盛り上がり方も「カメ止め」をほうふつとさせる。

昨年父親から水田を引き継ぎ、米作りをしながら映画も撮る二刀流。「自分は製作費が回収できればいいが、素晴らしい俳優たちに光が当たってほしい」と、週末ごとに舞台あいさつに立つ。矢川支配人は「上映終了は決めていない」と、ロングランを約束。上映館も広がりそうだ。「さむタイ」旋風は起きるか⁉

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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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  • 「侍タイムスリッパー」の(左から)山口馬木也、沙倉ゆうの、安田淳一監督、冨家マサノリ
  • 舞台あいさつに臨んだ「侍タイムスリッパー」の(左から)安藤彰則、冨家ノリマサ、山口馬木也、沙倉ゆうの、安田淳一監督
  • 「侍タイムスリッパー」の安田淳一監督
  • 「侍タイムスリッパー」の安田淳一監督
  • 満員のシネマ・ロサで行われた「侍タイムスリッパー」の舞台あいさつ
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