「リンダはチキンがたべたい!」のキアラ・マルタ監督(左)とセバスチャン・ローデンバック監督=勝田友巳撮影3

「リンダはチキンがたべたい!」のキアラ・マルタ監督(左)とセバスチャン・ローデンバック監督=勝田友巳撮影3

2024.4.10

アニメの枠を解き放て 目指したのは〝ヌーベルバーグ〟「リンダはチキンがたべたい!」

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

勝田友巳

勝田友巳

フランス製アニメ「リンダはチキンがたべたい!」は、愉快なドタバタコメディーを、前衛的で斬新な手法で表現したアートかつエンタメ作品。監督したのはキアラ・マルタとセバスチャン・ローデンバック。ゴダールやトリュフォーを生んだフランス映画界だけに「目指したのはアニメのヌーベルバーグ」と語るのだった。


スクリューボールコメディーをアニメで

リンダは母子家庭のやんちゃな小学生。母親のポレットが誤解を元に自分をしかったことの埋め合わせに、幼いころに死んだ父親の得意料理だった「パプリカチキン」を食べたいとおねだりする。ところが町はストの真っ最中で、お店は軒並み閉店中。鶏肉を探し回る親子は次々と騒動を起こすことになる。

数珠つなぎに問題が起こって大騒ぎという展開は、ハリウッド映画の伝統ジャンル「スクリューボールコメディー」のスタイル。「楽しくて軽やかな映画を作りたかったんです」とマルタ。ローデンバックは「子供向けの長編コメディーは意外と少ないでしょう」と指摘する。「教育的な構えになってしまうからかな。といって、ギャグでおかしいだけの映画では、子供をバカにしていますよね。子供たちは大人が思うよりよほど大人だし、なんでも分かっているものですよ」

マルタは「それにスクリューボールコメディーが好きなんです」と、次々と監督たちの名前を挙げた。「ビリー・ワイルダー、ピーター・ボグダノビッチ、ルイ・マル……」。「『地下鉄のザジ』や『ペーパー・ムーン』を参考にしました。ある場面は、『おかしなおかしな大追跡』へのオマージュです」


「リンダはチキンがたべたい!」©2023 Dolce Vita Films, Miyu Productions, Palosanto Films, France 3 Cinéma

製作費抑え、自由な環境に

驚くのは作品のスタイル。実写映画を手がけてきたマルタと、アニメ作家のローデンバックの個性が融合した。登場人物は単純な線で描かれ、1人1色ずつ割り当てられた単色で塗られただけ。リンダは黄色、ポレットはオレンジ、ポレットの姉アストリッドはピンクといった具合。輪郭も不定形だし、遠くにあるときは点のよう。

ローデンバックは前作「大人のためのグリム童話 手をなくした少女」も、単純な線のミニマルな表現による実験的なアニメだった。「リアルさや細部にこだわないと決めて振り切りました。1人の人物がいつも同じ顔をしていなくてもいいんです。実写映画だって、俳優の顔つきはシーンごとに変わるし、その人と気づかなかったというのは褒め言葉ですよね。統一感はなくていいので、その代わり観客に分かってもらうための色を使ったんです」

マルタは「20年前に実写とアニメを融合させた短編を撮っていた」という挑戦者。「手をなくした少女」を見て、共作を呼びかけた。「これなら遠くからでも、描き込んでなくても分かるでしょう。カラフルな点になると紙吹雪のようできれいだし、1色に塗るのは子供の発想のようでもある。早く低予算でできますしね。色を付ければエネルギーとお金がかかるけれど、そこは優先順位が高くない。それよりも、自由な発想ができる環境を作るべきだと思ったんです」


音に合わせて絵を作る

製作方法にも驚かされる。通常のアニメなら脚本から絵コンテを作り、原画ができて動画、彩色、それからアフレコと進むところ。しかし本作は、脚本を元に、まず音を録(と)った。実写映画の撮影さながら、物語の設定と同じ場所に行き、演じてもらったという。マルタが語る。「実写の撮影ではアクシデントの連続です。けれど、脚本通りにいかないから面白い。その経験をアニメでもしたかったんです。今回も、カット割りを決めて録音マイクの位置などを想定しましたが、現場の状況や演技によってそれも大きく変わりました。音を録ったことで内容が確定したんです」

その際、カメラは回さず、音だけに集中。ローデンバックは「この作品では、あらゆる制約をなくそうと思いました。声優が絵を見ながらセリフを言うのでは、自由に演じることができません。撮影しなかったのも、映像があったらアニメーターが見本にしてしまうから」と説明する。

場面ごとの音声素材をアニメーターに渡し、思いのままに絵を描いてもらった。キャラクター設定も大まかにはあったが、そこにこだわらなくていいと伝えたという。アニメーターは7人だけ。場面ごとに担当を決め、原画から動画まで任せた。


アニメーターも演出家で役者

「アニメでいかにしてヌーベルバーグをやるかがテーマでした。アニメ作りの常識も、全部否定したかったんです。アニメーターには、自分が演じるつもりで脚本を読み、現場の音を基にしてどう動いているかを考えてもらった。彼らも演出家であり役者なんです」とローデンバック。マルタも「今のアニメ作りは、ビルを建てる作業員が自分の受け持ち作業だけするようなものだけれど、建築家と一緒にコンセプトを理解して、自分たちなりにやってほしかったんです」と力説する。「絵がそろっていることは大事ではなく、キャラクターの感情に集中してほしかった。1枚ごとの絵よりも連続性や動きが大事なんだと理解してくれました」

激しい動きの中で流れるように登場人物の形が変わる絵に、高畑勲監督の「かぐや姫の物語」を思い出した。日本に来たら同じことを何度も聞かれたようで「そんなことはないのに」と2人で顔を見合わせた。「アニメというより映画として、他の作品と並べてほしいですね」

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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