「大いなる不在」の藤竜也=内藤絵美撮影

「大いなる不在」の藤竜也=内藤絵美撮影内藤絵美撮影

2024.7.20

「人間は煩悩に苦しむんですよ。だから面白い」 藤竜也「大いなる不在」 認知症の元教授を「スッと理解した」

公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。

勝田友巳

勝田友巳

「大いなる不在」で藤竜也が演じているのは、認知症ですべてを忘れ変貌していく元大学教授だ。といっても、そこに現れるのは人間性を失う認知症の悲劇より、忘却してもなお残る人間の本性だ。「人間はね、みんな煩悩に苦しむんですよ」。さらりと言うのである。

脚本を読んで「スッと理解した」と振り返る。「年齢的に陽二と近いし、身につまされるっていいますか、非常に分かりやすくつかまえられた」。演じる人物の履歴書を作るなど入念な準備をすることもあるが、今回は「特に何もしなかったです。プロファイリングも、役をつかむためにやるわけだから」。「サクラサク」(2014年)でも認知症の男性を演じ、この時調べたことが今回も役立ったという。



30年前に妻子を捨てた元大学教授

俳優の卓(森山未來)が連絡を受け、疎遠だった父の陽二を訪ねる。元大学教授の陽二は、30年前に家族を捨てて直美(原日出子)と暮らしていたはずだった。しかし陽二は認知症を発症、直美は姿を消している。物語は時制を行き来しながら、陽二と卓の関係や、直美との間に起きた出来事を解き明かしていく。

物理学者の陽二は理知的で論理的。病気になる前は理詰めで相手をやり込める性格だった。認知症で妄想を抱くようになるが、卓に語る内容には一応筋が通っている。紳士然としながら支離滅裂な話を続ける陽二を、自然に演じている。「ありえないような話を非常にロジカルに、とうとうとしゃべる。その時は、彼の中ではすごくリアルなんです。でも次の日には、全然違うことをまた理路整然と話す。そこは面白かったですね」


「大いなる不在」©︎2023 CREATPS


サンセバスチャン国際映画祭で最優秀俳優賞

スペイン・サンセバスチャン国際映画祭で上映されて喝采を浴び、自身は最優秀賞俳優賞を受賞した。「好意的な笑顔と拍手で、圧倒されました。文化や人種の壁があって、他の国の精神構造の背景は分かりにくい。ただ完成した作品を見た時に、うまく説明できない不思議な揺すられ方をした。 外国の観客も似たようなことを感じたんじゃないかな。文化を超えて伝わったんだと思いましたね」

出演作品を選ぶには、監督への信頼感が大事なポイントとなる。近浦啓監督とは3本目の作品だ。デビュー前の短編から、劇場映画デビュー作の「コンプリシテシィ/優しい共犯」(20年)に続いて主演。「インディペンデントで製作して、すべて自分で整えて撮影に入る。映画との取り組み方も尊敬できる、圧倒的にすごいと思います」。といっても撮影現場では、細かな打ち合わせなどはしないという。



森山未來 ニュアンス演じ見事

初めての顔合わせとなった森山未來とも同様だ。「テストは1回か2回しますけどね。言葉にすると冷めちゃうし、どんどんウソっぽくなっていきますから」。撮影中は常に頭の片隅に役があり、撮影現場で「カチンコが鳴ったら、スポッと役に入る」状態で、考えながら演じているのではないのだという。「藤竜也はいないですね、陽二さんに任せてるわけです」
                            
森山との配役は、近浦監督が脚本段階から当て書きした。森山については「見事な、ニュアンスがある演技でした」と称賛。「屈折した人生を送ってきて、ああいう形で父親と会う。厄介なことを抱え込む役の微妙なディテールを巧みに演じていて、感心しました」


男と女の結びつきって不思議ですよ

物語は説明を尽くさず、観客にゆだねて終わる部分が残されている。直美は気難しい陽二とどう家庭を築いたのか、家族を捨てて愛し合ったはずなのに、陽二の認知症発症後二度と会おうとしない直美に、いったい何があったのか。「男と女の結びつきって、不思議ですよ。そういう風通しの悪さが、リアリティーを与えてるんだと思います。説明したらつまんないし、切ないというなら、そこで終わりにしたいですよ」

そして、こう付け加えた。「人間はね、頭が良くても悪くても、所詮煩悩ですよ。ノーベル賞を取る人間にしろ、市井の人にしろ、みんな等しく。それが面白いと、ぼくは思うんですね、自分自身も含めて」

関連記事

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

内藤絵美

ないとう・えみ 毎日新聞写真部カメラマン

この記事の写真を見る

  • 「大いなる不在」の藤竜也=内藤絵美撮影
  • 「大いなる不在」の藤竜也
  • 「大いなる不在」の藤竜也
  • 「大いなる不在」の藤竜也
  • 「大いなる不在」の藤竜也
  • 「大いなる不在」の藤竜也
さらに写真を見る(合計7枚)