「ドント・ムーブ」より

「ドント・ムーブ」より© 2024 Netflix, Inc.

2024.11.08

〝ホラーの巨匠〟サム・ライミプロデュース。緊迫感あふれるサスペンススリラー「ドント・ムーブ」

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

ヨダセア

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〝怖い映画〟の息を潜めるような張り詰めたシーンにおいて、我々が感じる恐怖は2種類ある。「何が起こっているのかわからない」「何が起きるかわからない」という〝予測不能な恐怖〟と、「ああなったらどうしよう、こうなったらどうしよう」という〝展開を想像してしまう恐怖〟だ。Netflixにて10月25日(金)から配信中の「ドント・ムーブ」は、その両方をバランスよく感じさせてくれるサスペンススリラー作品といえる。


息子を失った女性が殺人鬼に命を狙われる

「ドント・ムーブ」は息子を失った女性が森の奥地で自ら命を絶つことを考え、見知らぬ男性によって考えを変えるも、その男性が殺人鬼で筋弛緩剤(きんしかんざい)を打たれ、改めて命を狙われてしまうという物語。もはや「Don’t Move」(=動くな)というより「Can’t Move」(=動けない)感の強い今作の脚本は、何を考えているかわからない男性に狙われる〝予測不能な恐怖〟と、動けない主人公に殺人鬼がジリジリ迫ってくるという〝展開を想像してしまう恐怖〟、どちらもバランスよく味わわせてくる。

息を押し殺したくなる緊迫感と、時に爽快感すらも感じさせる派手なバイオレンス描写という緩急のギャップが目立つ今作だが、それもそのはず。今作の製作にはあのサム・ライミの名前が載っているのだ。トビー・マグワイア主演の「スパイダーマン」シリーズ(2002〜07年)の監督というイメージを強く持っている映画ファンもいるかもしれないが、元はといえばライミは〝怖い映画〟のスペシャリスト。彼はどこでどのような展開を生むのが一番恐ろしく、エキサイティングかを知っている。


新進気鋭の監督、役者たちが集結

「死霊のはらわた」シリーズ(1981〜93年)や「スペル」(09年)といった監督作品でホラー映画への情熱を見せつける傍らで、「スパイダーマン」シリーズやディズニーの実写映画「オズ はじまりの戦い」(13年)でそのイマジネーション能力を幅広く示してきたライミは、最新の監督作品「ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス」(22年)でも派手で残酷なバイオレンス描写とにじり寄るように迫ってくる恐怖を演出することでMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)に新たな風を吹かせており、現在もいかに観客を怖がらせるかに情熱を注いでいることを感じさせた。

ちなみに監督はアダム・シンドラーとブライアン・ネット。シンドラーは「侵入者 逃げ場のない家」(15年)、ネットは「Delivery(原題)」(13年)とそれぞれスリラー長編を1作ずつ監督しており、ともに今作が長編2作目となる新進気鋭のフィルムメーイカーだ。

殺人鬼役を演じたフィン・ウィットロックは、人気ドラマシリーズ「アメリカン・ホラー・ストーリー」での複数の役の演じ分けや、Netflixオリジナルシリーズ「ラチェッド」などで知られる俳優。22年にはNetflixの「私は世界一幸運よ」やAmazon Prime Videoの「底知れぬ愛の闇」にも出演するなど、近年のほの暗い雰囲気のあるストリーミング作品を随所で彩ってきた俳優といえる。今作でも絶妙に「いい人ぶるのが得意な悪人」という役が似合っていた。

一方で主人公を演じたケルシー・チャウも「ファーゴ」や「イエローストーン」などのドラマシリーズで活躍してきた俳優。ウィットロックとチャウ、ともに独特の雰囲気を持つ彼らの今後の活躍にも期待したいところだ。


誰でもそうなる可能性ある「動けない」状態下の恐怖

〝動けない〟というコンセプトは今作の魅力であり、ネックでもある印象も受ける。主人公が筋弛緩剤を打たれて思ったように動けないという前提は抵抗できない恐怖というスリルを生むすばらしい起点であるのだが、一方でいかんせんずっと同じような状況が続くため、基本的に受け身で選択肢の少ない物語になってしまう点は好みが分かれるポイントだろう。

しかし、現実に起きている事件を考えれば、身動きできない状態にされてひたすら恐怖と痛みに耐えるといったシチュエーションは誰もが経験し得るものであり、それゆえ「現実に起きてしまったら?」と想像しやすいリアリティーがあるのだ。

むしろ被害者が動けないという制約の中で、被害者自身や目撃者、そしてほどよく賢い加害者がどのような機転を利かせ、どのようなコミュニケーションを取り、どこで大胆な行動に出るかという想像と洞察によって常に展開させ続けた製作陣の努力をたたえるべきかもしれない。

殺人鬼側は「自死を試みた人間なのだから」と主人公を格好のターゲット扱いしている節があるが、自死を試みた人間も、いざ他人から命を狙われれば生にすがる。今作は現実的なひとつの事件にフォーカスし、主人公が抱く生き物としての本質的な恐怖、生への執着をピュアに観察したスリラー作品であるように感じた。

「ドント・ムーブ」はNetflixにて独占配信中。

ライター
ヨダセア

ヨダセア

フリーライター。2019年に早稲田大学法学部を卒業。東京都職員として国際業務等を経験後、ライター業に転身。各種SNS(X・Instagram)やYouTubeチャンネル「見て聞く映画マガジンアルテミシネマ」においても映画や海外ドラマに関する情報・考察・レビューを発信している。

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