「極悪女王」

「極悪女王」© Courtesy of Netflix

2024.9.19

<ネタバレあり>「極悪女王」放送禁止級の80年代女子プロレス再現シーン 40代放送記者がガチでびびった!

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

ひとしねま

屋代尚則

今風に言えば「不適切」、いや「放送禁止」レベルのドラマかも――。Netflixで独占配信中の「極悪女王」(全5話)のことだ。1980年代、ブームに沸く女子プロレス界の〝最恐ヒール〟として君臨したダンプ松本(ゆりやんレトリィバァ)が主人公の物語。そのリングでの極悪ぶりも、作中でリアルに再現する……のだが、その再現具合がとんでもない。ダンプは88年に引退。現役時代の記憶はほとんどない40代の記者が、今作を通じて知ったダンプの「真実」を紹介する(以下、本編の内容に触れています)。


ダンプ松本の成功物語にとどまらず

「極悪女王」のあらすじはこうだ。主人公の松本香(かおる)は内職で家計を支える母親(仙道敦子)、妹(西本まりん)と、貧しいながらも明るく暮らしていた。ただ、別居する父親(野中隆光)が時折戻ってきて、金の無心をするたび、家の中は修羅場と化す。香はある日、ふとしたきっかけで「全日女子プロレス」(全女)の練習場に足を踏み入れる。歌手としても人気だった「ビューティ・ペア」の1人、ジャッキー佐藤(鴨志田媛夢)の姿に魅せられ、全女のオーディションを受け、入門を許される。同期の長与千種(唐田えりか)、北村智子(のちのライオネス飛鳥、剛力彩芽)らの人気がぐんぐん上昇し、くすぶる思いを抱える中、香は会社から悪役への転向を命じられる。香は「ダンプ松本」と改名し……。

こう書くと今作は、どん底の環境から人気者の階段を駆け上がるダンプ松本の「サクセスストーリー」に見えそうだ。もちろん、そういった要素は多々盛り込まれていて、特に第1話では主人公の生い立ちの描写にある程度の時間が割かれている。「あれ、主人公の試合はやらないの?」と、もしかするとちょっと退屈に感じる視聴者もいるかもしれない。ただ、そんな思いは2話の後半で見事に覆される。


「極悪女王」© Courtesy of Netflix

長与千種=唐田えりかvs剛力彩芽=ライオネス飛鳥

もっとも、リングで戦うのはダンプではなく、長与千種とライオネス飛鳥。この時点で、松本香は「ダンプ松本」に改名する前だ。「極悪女王」の世界では、興行面で盛り上がるなどの理由であらかじめ勝敗が決められ、試合もその通りに進む例がよくある(現実の世界とどれだけリンクしているのかは知らない)。しかし長与と飛鳥は、第三者の意向が介在しない「真剣勝負」に臨むことに。試合開始を告げるゴングが鳴ってから、試合のシーンに約10分が費やされる。

飛鳥が「ほら、来いよ、てめえ!」と挑発し、2人の張り手の応酬が始まる。リングの場外に戦いの場は移り、長与は飛鳥の頭をつかんでテーブルにたたきつける。リングに戻った飛鳥は、長与に四の字固めをお見舞いして……。実況のアナウンサーは「格闘技と言うよりもケンカの様相になってまいりました!」とあぜんとする。他の映像作品で、こんな「演技」はほとんどしないはずだが、唐田や剛力の「俳優魂」を感じる一戦だった。


「極悪女王」© Kimu/Netflix

かみつき 突き刺し 大量流血

これでびびっていてはいけない。この後からはいよいよ、「ダンプ松本」を軸に物語が展開する。物語の中盤まではおとなしめな女性だったが、さまざまな葛藤を経て「変身」。顔や体をメーク道具やフェルトペンで塗りたくった悪役としてリングに登場する。竹刀を持って観客を痛めつけ、チェーンで相手の首を絞める。全女の運営に携わる松永俊国(斎藤工)は、本人にこう賛辞を贈る。「やっぱヒールは、トップ選手を痛めつけてなんぼだろ?」

この言葉に背中を押されたのかどうか、ダンプはリング上で、フォークで対戦相手の頭を突き刺し、相手にかみつく反則技の常連に。対戦相手の顔にはおびただしい血が流れ、相手は「ふざけんなよ、(こんな試合の)何がプロレスだよ!」と泣き叫ぶ。

驚くのは、作中でこれらの試合が地上波テレビで放送されていること。もし今の時代にテレビで流したら、悲惨な光景に、間違いなく途中でプツリと映像が切られるはずだ。今作は、性などを巡る描写で「不適切」な場面は皆無に等しいが、特に後半は「放送禁止」級の暴力シーンのオンパレード。もっとも、今作はネット配信だけでテレビ放送はされないと気付き、筆者は納得(?)した。

テレビの〝健全化〟痛感

極めつきは最終話の第5話。この時点で互いの友情にひびが入ってしまっていた、ダンプと長与の「敗者髪切りデスマッチ」が展開される。試合に敗れたほうが丸刈りにするという条件でゴングが鳴り、ダンプがフォーク攻撃を披露し、長与がサソリ固めを食らわせ、ダンプは長与の頭をハサミで突き刺し、さらにパイプ椅子で殴り……。2人の顔面は血で真っ赤に。この試合も地上波テレビで中継されていて、全国の視聴者は熱狂した一方、テレビ局に苦情も殺到したという設定になっている。

筆者は(現実の)テレビ番組やテレビ業界の取材を続けているが、今の時代ならきっと、この映像を中断せず電波で流し続けた時点で、おそらくそのテレビ局に未来はない。昔と、それよりずっと「健全」になった今のテレビ界と、どちらがいいのかはさておき、時代は変わったのだなと、ただ思う。

「放送禁止」級のシーンばかり拾い出しておいて何なのだが、今作は決して、キワモノ扱いされて終わる中身ではない。「極悪女王」のダンプは、物語の途中までは心優しい「松本香」だった。彼女の心はどう移ろいを遂げてきたのか。見ていて胸にくるものが、少なくとも筆者にはあった。現実の世界でも、筆者にとってはダンプと言えば〝最恐ヒール〟よりも、引退後にバラエティー番組などで笑顔を振りまいてきた印象の方が強い。ダンプ松本の「素顔」は果たして。そんな興味さえ湧いてくる。


「極悪女王」© Kimu/Netflix

〝息が合った〟ジャイアントスイング

配信開始前の9月中旬、本作をPRする完成報告会が東京・後楽園であり、ゆりやん、唐田、剛力、白石和彌総監督が登壇した。ゆりやんは「ダンプさんのプロレスラーになりたいというピュアな思いと、自分がお笑い芸人になりたいという思いが、重なっているように感じた」「『極悪女王』がなかったら、(自分は)どんな人生を送っていたんだろうと思うくらいの作品です」と胸のうちを披露。唐田は、前述の「敗者髪切りデスマッチ」の撮影で、実際に丸刈りにするのが役に臨む条件だったと明かし「それよりも(演じる)長与さんの魅力にひかれた。また髪は生えてくるので」と、今作にかけた思いを語った。

最後に付け加えれば、見どころはまだある。飛鳥役の剛力が繰り出す、対戦相手の両足をつかんで体を360度回転させる「ジャイアントスイング」と、回される長与役の唐田に、目がくぎ付けになった。剛力は「プロレスの技というのは、お互いの息が合っていないとできないこともたくさんあると感じていた。唐ちゃんの思いを受け取れた」そう。その息の合った姿は、本作で確かめてみてほしい。

ライター
ひとしねま

屋代尚則

やしろ・ひさのり 毎日新聞学芸部記者。1979年生まれ。2002年入社。学芸部でテレビ番組など放送分野の取材を担当。ネット配信のコンテンツに関する記事も手がける。

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  • 「極悪女王」
  • コーナーで極悪同盟のダンプ松本(右)に痛めつけられるクラッシュギャルズの長与千種
  • 全日本女子プロレス秋田県巡業の対ブラック・ベア戦、場外乱闘でキックをくらうマキ上田(右)
  • ブラック・ベアの阿蘇しのぶをマットにたたきつけるジャッキー佐藤(中央)。右が赤コーナーのポストに上がり必殺ワザ・ビューティスペシャルの機をうかがうマキ上田
  • ビューティ・ペア対ブラック・ベア戦でイスで乱打され血だらけのジャッキー佐藤(右)
  • 全日本女子プロレスの秋田巡業で、メーンエベント前にヒット曲「駆けめぐる青春」と新曲「真っ赤な青春」を披露するジャッキー佐藤(右)とマキ上田(左)のビューティ・ペア
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