「悪なき殺人」

「悪なき殺人」 © 2019 Haut et Court – Razor Films Produktion – France 3 Cinema visa n° 150 076

2021.12.02

この1本:「悪なき殺人」 それぞれのウソと秘密

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

ドミニク・モル監督の映画は、小さなひび割れのように始まる。何気なく隙間(すきま)をのぞくと不穏な景色が広がっていて、ゾッとしながらも目が離せない。魅力的だが毒気も強い。油断は禁物だ。

雪道に車が乗り捨てられていて、持ち主のエヴリーヌ(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)が行方不明になっている。フランスの寒村で起きた事件の顚末(てんまつ)を、バラバラの登場人物の視点から語るという趣向である。社会福祉士のアリス(ロール・カラミー)は担当しているジョゼフ(ダミアン・ボナール)と不倫している。ジョゼフの飼い犬が射殺されているのを見て、アリスは夫の牧場主、ミシェル(ドゥニ・メノーシェ)が感付いて脅したのではないかと動揺する。ミシェルはSNSで出会った女性に夢中でへそくりを貢いでいるが、相手は実はコートジボワールにいるなりすまし詐欺のアルマン(ギイ・ロジェ・ビビーゼ・ンドゥリン)だ……。

視点が変わるごとに新たな事実が明かされ、巡り巡って全員が失踪事件と結びつく。勘違いと思い込みとすれ違いに、インターネットが拍車をかけて事を大きくし、複雑にもつれさせる。フランスの田舎からアフリカまで広がりながら話がぼやけないのは、モル監督の語り口の巧みさだ。スリリングだがことさらに緊迫感をあおろうとせず、むしろ淡々と描写を重ね、それでいて緻密な計算がうかがえる。

よくできた話、で終わらないのは、登場人物の誰もがウソや隠し事を抱え、そして身勝手だから。善人よりも悪人の方が、幸せよりも不幸の方が、はたから見物するには面白い。ただし、人間の愚かさを皮肉る毒も痛烈。バッドエンディングとは言わないが幸福感とはほど遠い。カタルシスを期待してはいけない。

1時間56分。東京・新宿武蔵野館、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。4日からアマゾンプライムビデオなどで配信開始。(勝)

ここに注目

キャリア初期の「ハリー、見知らぬ友人」「レミング」というスリラー2作品が抜群の面白さだったモル監督、久々の日本登場作にして会心の一作。微妙に時間軸をずらしながらチャプターごとに視点を変えるという複雑なテクニックを駆使した群像劇だが、まったく難解ではない。謎めいた失踪事件の背景が解きほぐされていく快感と、痴情や犯罪によってこんがらがっていく人間模様の奇妙なおかしさに魅了される。鋭い社会性や道徳的教訓もはらんだ作品だが、無常観のようなものも感じられる登場人物の〝運命〟にただ驚嘆した。(諭)

技あり

モル監督は寒いフランスと、暑く湿度が高いコートジボワールを対比させる。登場人物の生活に独立性をもたせつつ、失踪事件を軸にまとめようとした。パトリック・ギリンジェリ撮影監督は、それぞれの行動を手堅い技術で画(え)にした。ミシェルの定位置は牛舎の片隅の事務机で、パソコンを抱え込んで外光に背を向ける。母屋の台所でアリスが警官とコーヒーを飲む場面では、生活用灯火が主光源で調理台が白くとぶ。光のバランスは崩れても、ありのままを尊重する。既存の光を「さりげなく」生かす手法にはモル監督も驚いた。(渡)

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