「関心領域」© Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved.

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2024.5.24

この1本:「関心領域」 無関心の悪、現代照射

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

ナチスの罪悪を題材とした映画は毎年何本も作られ、次々と新しい視点が示されている。「関心領域」もその一本だが、ここで描かれるのはユダヤ人虐殺に関わらなかった人たちである。だからこそ、この作品は現代の私たちと直結し、今まさに起きていることとして迫ってくる。

映画は水辺にピクニックに来た一家の姿から始まる。両親と子どもたち、平穏で平凡な風景だ。しかし、次第に不穏な空気が漂い始める。舞台は第二次世界大戦中、一家はアウシュビッツ収容所の隣に住んでいて、父親のルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)は収容所長なのだ。

一家がこの家に住んで数年。母親のヘートビヒ(ザンドラ・ヒュラー)は、自身の趣味で庭を造園し、屋内も居心地よく整えて理想の家を作り上げた。ところがルドルフに異動の話が舞い込んでくる。栄転のはずだが、ヘートビヒはせっかく育んだ家から動きたくない、行くなら家族を置いてひとりで行けと迫る。ルドルフは板挟みになって頭を抱える。

と、こう書くと退屈なホームドラマのようだが、そこがこの映画の恐ろしいところ。登場人物の誰も、すぐ隣の収容所のことを口にしない。画面にも、収容所内部は一切映らない。それでも、庭先の鉄条網付きの高い塀越しに見える煙突からは煙が吐き出され、銃声や悲鳴らしき音がしょっちゅう聞こえてくる。家にはユダヤ人が下働きとして雇われ、ヘートビヒは友人たちと、収容したユダヤ人から強奪した毛皮のコートや宝石の品定めをしている。誰もが塀の向こうの出来事を知りながら、完全に無視しているのだ。

ナチスがどんなに非人道的だったかという映画は無数にあるが、「関心領域」はナチス以外の市井の人々に目を向ける。そしてその視線の先には、現在の私たちがいる。異様さに慣れ、無関心でいることに罪はないのか。周りを見回してみよと促すのである。カンヌ国際映画祭グランプリ、米アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した。ジョナサン・グレイザー監督。1時間45分。東京・TOHOシネマズシャンテ、大阪ステーションシティシネマほか。(勝)

ここに注目

冒頭、スクリーンはしばらく真っ暗闇のままで、不快な音だけが響く。最後まで耳をそばだてて見てほしいという監督からの宣言だろう。映し出されるありふれた家族の日常は、まるで解像度の高い監視カメラで撮られた映像のよう。そのタッチや、アウシュビッツの博物館の様子を差し込むパートから、監督がこの作品を現代と地続きの物語として描いていることが伝わってくる。嘔吐(おうと)するルドルフの姿が、人間はどこまで知らないふりをすることができるのか、その先に何が待っているのかを問いかけてくる。(細)

技あり

40代前半で米アカデミー最優秀撮影賞候補2回、ポーランド映画界では頭一つ抜けたウカシュ・ジャル撮影監督。自然に見えて実は技巧でいっぱい。ルドルフが執務室で新しい焼却炉を売り込まれる場面は、わざと空間を作る不思議な画(え)作り。ヘートビヒはじゅうたんの端から鏡まで対角線を動き、毛皮のコートのポケットに残った口紅を見つけ試す。彼女が執着する花壇の庭も、塀の向こうの重苦しさは消せない。この特異な世界を、広角レンズの違和感を使い見せていく。画がきれいな分、やりきれなさが残る。(渡)