TIFFCOMの椎名保CEO

TIFFCOMの椎名保CEO東京国際映画祭提供

2024.11.16

東京をアジアのコンテンツ市場の中心地にした男は、30代には商社で鉄を売っていた

〝アジア最大級〟の第37回東京国際映画祭。国内外から新作、話題作が数多く上映され、多彩なゲストも来場。映画祭の話題をお届けします。

洪相鉉

洪相鉉

「モガディシュ 脱出までの14日間」や「密輸 1970」のような韓国大作映画でユニークなルックスをアピールし、いわゆる「scene-stealer(主役を食う脇役)」と呼ばれている女優のキム・ジェファは、筆者と学生時代を共にした親しい後輩である。当時から、公演に命をかけるほどプロ意識を持っていた。そんな彼女が韓国の観客に自分の存在感を刻印させた作品のひとつが、CJエンターテインメントが2012年に製作したブロックバスター「ハナ 奇跡の46日間」である。1991年に千葉市で開催された第41回世界卓球選手権を舞台にした同作で、彼女は主人公を脅かす中国の卓球魔女「トン・ヤリョン(架空の人物)」を演じ、最後まで中国女優だと錯覚させるほどの熱演を披露した。

しかし、筆者としては当時破格の約8億円以上の製作費が投入されて話題になったこの作品を見れば見るほど、妙な既視感を覚えた。いや、正確には既視感のもととなった作品の方がむしろ国際的な感じで面白かった。そう。日韓サッカー・ワールドカップが開かれた年の夏に公開された「ピンポン」。14億円の興行収入を記録し、製作費との対比で見れば「ハナ 奇跡の46日間」が足元にも及ばぬほどの成果を上げている。この映画のエンドクレジットにある一人の男の、一連のフィルモグラフィーを追ってみよう。誰も予想できない多種多彩な作品のリストができる。
 

「ピンポン」「博士の愛した数式」……話題作に名を刻む椎名保

個性豊かな土屋アンナが芸者として出演し、江戸時代と現代を包み込む華麗な美意識で観客を魅了した「さくらん」、胸を刺すヒューマンドラマの「博士の愛した数式」、役所広司が最高の熱演を見せてくれた作品のひとつ「最後の忠臣蔵」、喜劇のペーソスという言葉の意味を実感させた「漫才ギャング」……。数多くの話題作のすべてに関わった人物こそ、アスミックㆍエース エンタテインメント会長、角川映画社長を務め、現在はTIFFCOM(東京国際映画祭と併催されるコンテンツマーケット)のCEO(最高経営責任者)となった椎名保である。
 
13年4月1日、彼の東京国際映画祭のディレクターㆍジェネラルの「就任のご挨拶(あいさつ)」の内容は、その日付を今日に変えても違和感がない。当時、テレビ番組製作会社の役員だった筆者には、とても気になった。「一体この人は誰だろう」。驚いたのは、彼が映画業界のたたき上げではなく、30代半ばまで日本有数の商社・住友商事で鉄を売っていたということ。
 

TIFFCOMを成功させた資質

彼の就任後、TIFFCOMは「アジアで最も重要視されるコンテンツマーケット」として不動の地位を固めた。筆者が5年ぶりに東京国際映画祭を訪れた今年も、TIFFCOMの成果はめざましかった。国内及び海外からの参加者数は4088人で、昨年比106%、そのうち海外からの参加者数は1722人で、昨年に比べて125%だ。セミナーも15企画、昨年の倍以上、10月30日から11月1日までの期間中、東京都立産業貿易センター浜松町館が一日も途切れず埋め尽くされたという。

今のような世界的な不景気の中で成長を続ける催しなど存在するだろうか。しかしよく考えてみると、これも全く不思議ではない。それもそうだろう。日本の経済界でアンドリューㆍカーネギーになるかもしれなかった人物が、スコットㆍルーディン(アメリカの著名なプロデューサー)になって、目に見えない付加価値の取引が行われるマーケットのリーダーになったのだから。そして本人に話を聞いてみると、成功は当然のことだったとしても、そのプロセスには筆者の予想を超える要因があった。

聞く耳、積極思考、コンテンツ活用

まずは聞く耳だ。インタビューでもわずか30分で「どこかへ飲みに行きませんか」と誘いたくなるほどの人当たりの良さ以外にも、極めて受容的で柔軟な感性の持ち主だった。このような人がコンテンツビジネスの世界で数多くの人々と出会って話を聞き、それを自分のものとしてきたなら、蓄積された潜在力は膨大に違いない。一方、こうした柔軟性とともに維持している原則が、ポジティブシンキング(積極思考)だ。失敗を経験しても萎縮せず、むしろ「早く失敗してダメージを最小化できてよかった。 ただし、これからは必ず改善していく」という心構え。

次はコンテンツに対する姿勢。映画、テレビ、アニメなど形にこだわらず、プラットフォームの区分が溶解する現実に機敏に対応し、「オールメディアのクロスオーバー」という戦略を実現する。IT環境の変化とワンソースマルチユース(OSMU)のような市場環境の変化に呼応して消費者のニーズの多様化が進む中で、生産者として硬直化せず、コンテンツの全方位的な活用を前提とする戦略を立てるべきだという。まるで「フォーマット」に執着する流派の旧態依然の枠組みを壊す行動で剣聖の座に就いた、宮本武蔵だ。

この全てを、まるで画家がキャンバスに絵を描くように無限に自由に展開できる場が、TIFFCOMだった。22年前の「ピンポン」がそうだったように、「ドメスティック」が思考の枠に割り込むことを許さない。国際共同製作を推進するとともに、ボーダーレスの環境において先の見えない不確実性に対しても緊張することなく、例えばプロ野球選手のプレーといった想像を超える素材でさえもIP(知的財産)として活用する創造的経営で、みんなの心を動かす。そして言及しておきたいのが、TIFFCOMを「成功の公式についてヒントを提供する空間にしたい」という国際貢献の姿勢だ。となれば、TIFFCOMは単なるマーケットではなく、立派な学びの場ではないか。

インタビューが終わる頃には、まるでビジネススクールのセミナーを修了したような気分になった。12年の間にTIFFCOMを素晴らしく成長させた、彼の戦略を味わったからだろう。前途有望な商社マンからコンテンツビジネス分野に移り、時には映画製作スタッフの仕事もいとわずにキャリアを築いた男、椎名保の37年の思いも。

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ライター
洪相鉉

洪相鉉

ほん・さんひょん 韓国映画専門ウェブメディア「CoAR」運営委員。全州国際映画祭ㆍ富川国際ファンタスティック映画祭アドバイザー、高崎映画祭シニアプロデューサー。TBS主催DigCon6 Asia審査員。政治学と映像芸術学の修士学位を持ち、東京大留学。パリ経済学校と共同プロジェクトを行った清水研究室所属。「CoAR」で連載中の日本映画人インタビューは韓国トップクラスの人気を誇る。

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