ひとしねま

2024.5.24

チャートの裏側:「碁盤斬り」 時代劇に新境地

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

囲碁がずば抜けて強く、剣技にもたけた主人公の浪人は、果たして何者なのか。先が読めない話の展開と相まって、この人物の一筋縄ではいかない魅力にどっぷりとはまる。「碁盤斬り」だ。時代劇の歴史に新たなページを加えた作品と言っていい。

浪人・格之進を草彅剛が演じる。彼のマゲものといえば、NHK大河ドラマ「青天を衝(つ)け」における徳川慶喜役が浮かぶ。その時の品格ある趣を携えつつ、ある出来事をきっかけにガラリと雰囲気が変わる。穏やかな風貌が一転、憎悪に満ちあふれた表情も見せる。静から動である。

山下耕作監督の傑作股旅映画「関の彌太ッペ」の中村錦之助(後年、萬屋錦之介)が重なった。中村の場合は明から暗だ。両者ともに、その変貌ぶりが際立つ。これこそ、世のならいであり、人生そのものだ。「碁盤斬り」が突出するのは、そこを丸ごと表現したからである。

格之進の変貌には、論理や正当性が及ばない局面もあった。ただ、人の世とは理屈では推し量れないこともある。草彅は、人間の不可解極まる領域にまで踏み込んでいった。見事だった。緻密な人間劇、囲碁勝負の緊迫感、さえわたる殺陣。娯楽映画の神髄を見た思いだ。とはいえ、時代劇ゆえの課題もある。この作品は広く伝わっているのか。多くの映画関係者に、そのことを突きつけたと思う。(映画ジャーナリスト・大高宏雄)

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